母が食道がんの手術を受けた

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10月に食道がんステージ4と診断された母。リンパ節転移あり、遠隔転移は無しの診断だった。

抗がん剤3クール(抗がん剤1週間を3回)が終わり、1月にCT、MRI、内視鏡検査でガンが小さくなっていたので、手術できる体の状態なのか検査をして結果、手術できることになった。

胸腔鏡ロボット手術で食道を切除、胃を持ち上げて再建、リンパ節も切除すると説明を受けた。

高齢の母が手術に耐えられるのだろうか。同じ手術を受けた人の体験談等をネットで見ていたら不安でたまらなくなった。食べ物の逆流、食べられなくて10キロ以上体重が減ったとか。

でもがんの根治のために手術は有効だとか。

信じて手術を受けることを決めた。

手術の二日前から入院、家族は手術中は病院待機してくださいと言われていたので有休を取った。

手術当日朝8時に病院到着。手術室に向かう前に母と話ができた。緊張しているようだが笑顔があってホッとした。

エレベーター前まで母を見送って、その後病院のスタッフの人から病院専用PHSを受け取った。手術が終わるまで病院内で待機だ。手術は約8時間。手術終了したら連絡します、何か急変があった場合もPHSに連絡しますので、いつでも出れるようにしてくださいと言われた。

手術終了まで病院を離れることはできない。手術終了予定時刻は午後5時から6時ごろ。

病院内をぐるぐる。まず病院内のレストランが9時オープンだったので、オープンと同時に入店。まだお腹が空いていなかったので、チョコソフトサンデーと紅茶を頼んだ。甘い。紅茶で流し込んだ。まだ9時半。う〜どうしようか。一応、本を持ってきたのだが読む気がおきず、携帯でひたすらTwitterを流し読み。

11時近くになり、レストランが混み合ってきた。何も注文しないでいるのは気まずいので追加注文することにした。まだあまりお腹が空いていなかったが、カレーなら入るかと思い、カレーランチセットを注文した。サラダとコーヒー(おかわり自由)のセットだった。

食べ終わり、コーヒーもおかわりしたが、まだ12時半。レストランが混んで入店待ちの人がいたので会計して出ることにした。レストランでたところに休憩所があったので、そこで時間を潰すことにした。いつでも電話出れるようにしてくださいと言われていたので、PHSが気になってソワソワしてしょうがない。

持ってきた本を読み始めるが集中できない。読んでいるけど内容が頭に入っていかないので、途中であれ?と思ってまた戻って読み返したりしていた。駄目だと思い、何もしないで目を瞑る。

やっと午後3時ごろになり、この時間まで電話が来ないということは順調に手術が進んでいるのだろうと勝手に解釈し、気持ちが落ち着いてきた。休憩所も混んできたので、今度は一階にあるコンビニでコーヒーを買い、コンビニ前の休憩所で待つことにした。

再び本を読み始めた。今度は本に集中することが出来たので半分くらい読めた。

読んだ本は「搾取都市、ソウル 韓国最底辺住宅街の人びと イ・ヘミ著」

富裕層による貧困ビジネスの闇を暴く取材記だ。まだ途中だがなかなか面白い。

午後5時になり、そろそろ終わるだろうかと再びソワソワし始め、本を読むのをやめた。家族待合室に行き、手術終了の連絡をそこで待つことにした。そこには私と同じように家族の手術を終わるのを待っている人たちが4組くらいいた。ほとんどの人が目を瞑っていた。待ちくたびれているのか無事に手術が終わるのを祈っているのか。

午後5時45分ごろにPHSが鳴った。先生から、手術終わりましたと連絡があり、無事にリンパ節、食道を切除、胃で再建出来たと説明があった。説明書にサインをする時、自分の手が震えていた。

先生から手術してみたらやっぱり取れませんでしたとか言われるんじゃないかと不安でしょうがなかった。あぁ、良かった。。。

姉、兄、伯母に無事に終わったことをLINEした。

その後すぐにICUにいる母と会うことができた。痰が出て辛そうだが、意識は戻っていて話ができた。

ただ待っていただけなのに、すごく疲れた。帰ってきてホッとして眠くてしょうがなくて、すぐ寝てしまった。

食道がんは再発率が高く、転移率も高いと色々調べていると不安になるが、母のやる気と体力を信じて今はやれることをやるしかない。

順調にいけば2週間くらいで退院できるとのこと。でも術後の合併症の不安がまだある。どうか大丈夫でありますように。

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